浅草は六区。JRAの場外馬券場“WINS浅草”の裏、ひさご通りをはいってしばらくしたわき、左側の小路をのぞくと、そこは別世界。かつてのSKDのレビューのごとく在日の焼肉屋さんの看板がところせましとならんでいる。どの店も昭和30年代にタイムスリップしたかのような、どこかなつかしいセピア色にうつる小さな小さな通り。一歩踏み入れただけで、秘密めいた不思議な感覚おそわれる。「千と千尋の神隠し」の世界にも似ているか。魔法使いの湯婆婆(ゆばーば)がそこにいた。あっ違う、お店で一服、休憩している「焼肉大和」のママさん、元春子(ウォン・チュンジャ)さんだった。すっ、すいません。 |
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1.浅草の観音さまの秘密
作家の梁石日さんが「浅草観音の仏像は一寸八分という小さなもので、朝鮮渡来人の持仏なのである。(幻冬社
「タクシードライバー一匹狼の歌」)」と書いておられたので、不思議に思い、その真偽を確かめようと、とにかく台東区図書館の郷土資料室へいって文献を探ってみた。なるほど、仏像を海中より発見した檜前氏族というのは2説あるが、東漢氏族説(百済系渡来人)、出雲神族説(新羅系渡来人)なので、どっちにころんでも朝鮮渡来人の持仏なのはそうらしい。
年代的にも、仏教が伝来しているかしていないかの微妙な時代で、仏教のまだ浸透していなかった土着の日本人が仏像をありがたく思い寺まで建てたとはとても思えない。また、檜前氏に寺の建立をすすめた戸長の土師氏も朝鮮渡来人だと文献に記される。仏像はほとんど公開されたことのない秘仏だそうだが、聖観世音菩薩とか異形の救世観音像といわれ高麗系仏像説がある。浅草・本所方面は古代帰化人が馬の牧畜のために相当移住していたと考えられ、浅草の街もまんざら朝鮮半島と関係がないとはいいきれないようだ。ということで、浅草の観音さまにもすごい秘密があったのだ。 |
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2. 浅草焼肉街の誕生
国際的観光地として名高い浅草は鎌倉時代、江戸時代には浅草寺の門前町として栄え、戦前も和製オペラ、レビュー、オペレッタ、ショーなど興行地として大衆芸能のさかんな流行最先端の街だった。街が特に変化をみせたのは、戦後の焼け野原からの復興だ。戦前戦中の浅草の住人たちは焼け出されて近隣へ移住。昭和25年ごろ近県の移住者が浅草に増え、浅草のヤミ市では衣類、生活必需品はもちろん、米飯、本物の砂糖の入った汁粉、コーヒーなども食することができた。
地元の在日の古老たちの話によれば、「自分達のいるところを上野は親善マーケット(現在のキムチ横丁)、浅草は国際マーケットと呼んだのね。もちろん戦後のヤミ市の一部分。母国に帰るに帰れぬ朝鮮人、避難民や食い詰めた人がバラックに住み、あやしい商売をしている人も少なくなかったし、治安もよくなかったねぇ。一番古いのが毎日食堂か。40年ぐらい前からあったよ。初期メニューは、豚・牛のホルモン焼き、豚足に豚耳、自家製マッコリかな。」「2軒目の明月館は廃業、大福園は3番目ぐらいだね。住人としては一番古いけど。山形屋という材木屋さんがこの辺の地主で、朝鮮人たちはみんな一人では言葉や文字の問題、差別もあって住めないからグループ組んで借りて住んだわけ。高山さん、高本さん、高原さん、済州島高氏の同じ村の人が集まったわ。」「昔は大盛りでタダで出していたキムチも、徐々に量は控えめに出すようになって、オイルショックごろから、注文制でお金をとるようになったね。」とのこと。
この浅草の焼肉屋地帯は三河島と同じく済州島の人が多いため、郷土料理の豚のセッキフェやケジャンクク(犬肉スープ)もあったそうだ。残念ながら今では、食べる人も少なくなってきて、ほとんどのお店が郷土色の濃い、古くからある料理を出さなくなっている。セッキフェ
(1,000円)をどうにか現在もやっているのは焼肉大和ぐらい。昭和60年には昼間の常連、山谷の人々も消えた。しかし、街や景気、世相がいくら変わっても住む人々の人情までは変わらないと思う。そんな気持ちからか、この界隈は在日焼肉のノスタルジーを感じさせるなにかがある。 |
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3. ママさんのこと
焼肉大和のママさん、元春子さん(日本名は田中春子)は、いわゆる“人生を経験した”代表者でもある。元春子さんのお母さんは23歳の時に来日した。両親の故郷は済州島だ。元春子さんは末娘として生まれ、小松でメリヤス工場を経営していた父親が56歳の若さで山の事故にあい急死したあと、母親の女手一つで育てられることになる。のちにお母さんは上野の親善マーケットで松ケイ園(漢字が思い出せないそうだ)という焼肉屋を始める。彼女はもちろんのこと他の兄弟たちも母親を手伝い店をささえていた。学校にいくよりも生活に追われ、仕事に追われる毎日だった。結婚はもちろん親が薦めるお見合い結婚だそうで、「母がね、仙台にお花見にいったときに知り合った、同胞の人から話をもちかけれらたの。」「その人は母の人柄を気に入ったようで、その娘ならちゃんと教育されていると思ったらしくてね。」仙台から義理の姉夫婦となる人々に7回も東京へ足を運ばれ「どうしても弟の嫁にほしい。」といわれ困惑したそうだ。結局「相手は次男坊だし、そんなに法事もないから平気だよ。」と母親に説得されて結婚したが、いざ結婚してみれば、実は夫には親族が沢山いて、毎度毎度の法事の準備や給仕には泣かされたと語ってくれた。ママさんのお母さんは子供たちがみな所帯をもって落ち着いたのを見届けた後、「故郷の済州島に帰って死にたい」と自分の死期を予期したかのように帰国後4ケ月で亡くなってしまったそうだ。
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4. お店のこと
結婚後、北砂町で中華料理を3年ほど営んでいたが、お店は忙しく、深夜2:00ぐらいにしか帰宅できない。「消防署のサイレンを聞くたびに」家に置いている子供たちの安否が気になってどうしようもなくなり、仕事を変えた。子供は6人。(うち双子が一組)子供たちのものは、洗濯機もない、紙オムツもない時代に全て手洗いし、カンテキの火で乾かしたという。後に日暮里でマージャン屋「三元荘」を3年ばかりやったが、ご主人自らもマージャンにハマってしまい、これは大変だとマージャン屋も廃業。「たとえお客の食べ残しを食べても、6人の子供たちを飢えさせないで食べさせれるでしょ。だから焼肉屋を始めたの。」とママさん。浅草にお店を開いたのは34年前、界隈では5番目に古い。
忙しいときはお店の小あがりの板の間で1、2時間仮眠をとりながら、お店の2Fと3Fを住居にしてくらしていたのだが、3年前に長女夫婦たちが家を新築。「もう、焼肉の煙を吸って寝ないでいいんだから」といわれて長女夫婦の新居に寝泊まりするようになった。現在は、故郷の済州島から親戚のノブちゃん(愛称)を呼び寄せて、お店は二人でやっている。20年前の好景気のときは1日200人ものお客が殺到したこともあったという。 |
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5. 味のこと
「うちはね開業当初からお店ではカンテキ使っていないの。みんなガス。なんでかって?炭火だと肉の栄養分がみんな落ちちゃうからさ。」とママさん。「骨付きカルビの上手な焼き方はね、はじのやわらかいとこを先に焼いて食べて、骨に肉がついているところは、じっくり焼きながらうまくはがしていくのがいいんだよ。」「子袋とホルモンは健康食だから太らないし、ダイエットにもいいよ。」そして、「うちは、チャンジャもケジャンもホルモンの味付けも全部わたしの自家製なの」と微笑む。「たまたま仲間内大勢の旅行なんかで留守をだれか他人にまかせていくんだけど、帰ってきて、人がつくりおきしておいてくれた食材をそのままだして、お客さんが残してしまっているのをみると、あぁ、わたしがいないとダメだ。わたしのような味がだせないから。」とつくづく思うそうだ。
お店の開業当時から変わらぬメニューには、豚のセッキフェがある。まだ羊水につかっている無菌状態の豚の胎児をタタキスープにした済州島の郷土料理だが、スタミナ食であるとともに消化がいいので、「お酒を飲んだあとに食べると絶対二日酔いしない」とママさんは断言する。卸屋さんからとれた時だけ3kgほどもってきてもらうので、不定期に出すメニューだが、どうしても食べたい人は事前に予約しておいてくれればなんとかなるそうだ。予約のお客さんのなかには、持ち帰りをしたいと無理をいう人もいるらしい。
「ホームページ、インターネットなにそれ?」というママさんのために今回も主要メニューを掲載しておくことにする。(右下表) |
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6. ママさんから最後に一言
わたしも貧乏で苦労したからね、貧しい人にあえば水一杯でもあげたい性格なんです。だから面倒をみてあげた人がたずねてきてくれたとき、「ママ、がんばって年をとらないでいつまでも若く元気でいてね」といわれると胸にじ〜んとくるものがあるし、うれしいですね。でもね、最近は世の中ちょっと変わってきました。先日も、酔ったお客さんがお店で暴れて、わたしに殴りかかってきて、ノブちゃんがいてくれたんで彼女がお客さんを押さえてくれてたんだけど、灰皿がわたしめがけて飛んでくるし。大変だったわ。警察につきだしても、わたしも4時間、5時間って調書とられるでしょう。で、在日だからってことでまた事情をわかってくれるまで話をしなくちゃいけない。食い逃げも何度かあったけど、そのたびに警察いくのは、もう面倒くさくて、面倒くさくて。結局ね、お客さんが暴れた件は泣き寝入りよ。長く営業して、今までそんな人はいなかったから、驚くやらあきれるやら。病院いって、湿布はっているけどまだ痛くてねぇ。打ち身だけじゃなくて擦過傷みたいにもなっているのよ。このごろちょっとしたことでキレてあばれる人が多いっていうけど、それだけ人の心もすさんできているのかしらねぇ。ママさんは静かにため息をついた。大和のママさんはご本人の言葉よりも、なにもいわなくても身体全体からやさしさが滲み出ているような人で、初めて取材を申し込んだときも「わざわざ遠いところからきてくれてありがとう。暑いからコーラ飲んでいきなさい。」とごちそうしてくれ、食事をすれば、「はいっ。サービスね!!」と、ホルモンと子袋の盛り合わせの焼物をだしてくれた。にしきのあきらさんが足を運び、ビートたけしさんがお礼回りにやってきたり、有名な歌手やタレントさんたちがお忍びで、何度も何度もこのお店をおとずれるのもわかる気がする。
「近所みんな知っているから、24時間一人でやっても怖くないし、20日に一度、みんな集まって、順番でそれぞれの焼肉屋で食事もするの。」「ごはん貸してぇ。とくるお店もあるし。」とママさん。焼肉大和は街の人々と共に、長い年月を素朴にやってきたという安心感があるお店だ。大和のある通りは、2m弱しかない道幅だが、通る人はみな、お店をのぞいてだれか人がいれば、きちんと挨拶をしてゆく。浅草の本当の味わいは下町情味と韓国有情がみごとにミックスされた空間、懐古趣味の最も深い焼肉街にこそあるのではないだろうか。
「近くに来たときとか、お友達とまたきてね。」とおだやかに笑い、ママさんは、痛そうな足で、ヒョコヒョコと歩きながらご近所さんと待ち合わせの場所へと去っていった。足、早くよくなってほしい。 |
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7. 試してみたいメニューレシピ
ビビンパプには具を何種類も使い、きれいに飾って「お花畑のビビムパップ」と豪華なものを出すお店もある。春には山菜も多く、ビビムパップの具は自然に増え、海辺ではタシマディギムというコンブの揚げ物をいれパリパリ感を楽しんだりするが、それも山家や海家の土地ならではの贅沢で、本来のビビムパップは年越しに台所の隅に眠る乾物食品の大掃除、ありあわせのものをまぜる生活の知恵、つましい、簡素な食材を各家庭で工夫し、おいしく食べるものであったのではなかったかと思う。そういった意味で、大和のビビムパップは気取らない、飾らない、そのままのシンプルオモニの味だ。昨今はなんでも石焼きブームで、確かに石焼きはおいしいが、そこには落とし穴がある。ちょっとまずくても焼けば香ばしく、おいしいと錯覚しがちだからだ。ビビムパップそのもの、作る人の手技による純粋なおいしさを楽しむならまずは、石焼きでないほうがいい。ビビムパップの味の善し悪しを本当の意味で知ること
ができるはずだ。
在日オモニの「ビビムパップ」
材料(4人前):
大豆モヤシ200g、ニンジン50g、ホウレンソウ1束、干しワラビ200g、大根 200g、鶏挽肉100g、砂糖、醤油、ごま油、塩
、調味料、水 大2、酢 大1 、すりおろしニンニク小2、紅生姜 40g
* 朝鮮半島の陸地ではゼンマイナムルを使うが、済州島ではビビンパップの具にワラビナムルを使う。ゼンマイよりもごつごつしていなくて、味もしみやすく、やわらくて食べやすい。
レシピ
1) ナムルを作る
ナムルを和えるときの基本は菜箸ではなく、手で和えること。おばあちゃんがにぎった日本のおむすびがおいしいのと同様にナムルも韓国のおばあちゃんの手で和えたも
のが一番おいしいといわれます。手から伝わる熱や和える時の力の入れ具合が絶妙だからです。韓国語では手の味といいます。「手が調味料」の一つであると思ってください。
@大根とニンジンのセンチェ
大根とニンジンを千切りにし、塩 小1/2でよくもむ。水切りし、酢 大1、砂糖 小1をいれて手で和えます。
Aほうれんそうのナムル
熱湯に塩を1つまみいれ、ほうれんそうは茎からいれてゆでます。ゆであがったら氷水にさっとつけて冷まし、水気を絞って4cmの長さに切ります。お店では見栄えを考えて
根元を切り落としますが、家庭では根元の部分を縦に3、4つに切って食べます。ほうれんそうは根元に一番甘みがあるからです。ごま油
大1、すりおろしニンニク小1、調味料少々、塩少々、砂糖少々、(すりおろしリンゴ小1をいれるともっとおいしくなります)をまぜて手で和えます。
B大豆もやしのナムル
もやしは、最初に根の部分を5mm程度取り除き、よく洗います。もやしをゆでる時は、鍋に水からいれます。水の量は、もやしに水がひたひたになるほどたっぷりいれ、塩を1つまみ加え、火をつけ7〜8分ほど蓋をして煮ます。煮ている間は蓋をとらないこと。豆くささがぬけなくなります。煮え立った時間をみて、最後に蓋をとったときによくゆで上がっているというカンをつかめれば最高。ゆであがったもやしは、ザルにとって、よく水切りをして、もやしが冷えないうちにごま油
小1と塩 少々、調味料少々を入れ、もやしがいたまないように手でサックリと和え、味付けをします。
Cワラビのナムル
干しワラビを水につけてもどします。水気を絞って、3〜4cmの大きさに切ります。フライパンを熱し、ごま油少々をひいて、すりおろしニンニク
小1、ワラビをいれて2分ほど炒め、そこへ醤油 大2、砂糖 小1、水 大2をいれて煮詰めます。
*干しワラビは韓国食品店でも手に入りにくいのでゼンマイの水煮を使ってください。
2)鶏そぼろを作る
鶏肉は醤油 大1、生姜のしぼり汁 小1、砂糖 大1、みりん 大1、ごま油 小1で味をつけます。熱した鍋にごま油少々をひいて下地をつけた鶏肉を炒めます。鶏肉が水気がとんでほろほろとなるまで、焦げないように、とろ火で時間をかけよくまぜることが大切。
熱いごはんの上にナムルと、鶏そぼろを放射状にかざってのせ、中央に紅生姜をトッピングしてできあがり。
食べ方は、コチュジャンを好みでいれ、スプーンで、ご飯にコチュジャンの色が均一になるまでよく混ぜるのが基本。日本の人がもうしわけ程度にビビムパップを混ぜているのをみると、どうも見た感じがおいしそうに見えないので、しっかり混ぜてください。一緒についてくるワカメスープ、キムチの汁をビビムパップに好みで少し加え、まぜて食べてもおいしいです。生卵の黄味(面倒であれば家庭では全卵)をまぜて食べると味がまろやかになります。 |
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2001-11-06掲載
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| 焼肉大和 |
| 住所 |
東京都台東区浅草2-14 |
| TEL |
03-3841-3772 |
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<刺身> |
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レバ刺 |
\900
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子袋刺 |
\1,000
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ユッケ |
\1,000
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センマイ刺 |
\700
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<焼き物> |
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骨付きカルビ |
\2,000
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上カルビ |
\1,500
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カルビ |
\1,000
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上ロース |
\1,300
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ロース |
\1,000
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上ミノ |
\1,000
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タン塩 |
\1,000
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ホルモン |
\800
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子袋 |
\800
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レバ |
\800
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ハツ |
\800
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ハラミ |
\1,000
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<他> |
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ビビムパップ |
\800
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石焼きビビムパップ |
\1,500
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カルビクッパ |
\1,000
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コムタンクッパ |
\1,100
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テグタンクッパ |
\1,000
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ワラビスープ |
\1,000
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ケジャン |
\1,000
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チャンジャ |
\500
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豚足 |
\500
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キムチチジミ |
\1,000
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冷麺(夏のみ) |
\1,000
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トック(冬のみ) |
\900 |
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<飲み物> |
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マッコリ |
\500 |
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人参酒 |
\500
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にんにく酒 |
\700
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