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映画監督インタビュー
2003年11月6日、東京国際映画祭・協賛企画『コリアン・シネマ・ウィーク』で「ピアノを弾く大統領」(出演:アン・ソンギチェ・ジウ)が上映されました。これに伴いチョン・マンベ監督が来日。K-PLAZA.com単独インタビューを都内で行いました。
チョン・マンベ監督:ピアノを弾く大統領(2002)
チョン・フマンベ監督の写真-‘大統領’と来て一般的に思い浮かべるイメージは、我々の頭上に燦然と輝く権力の象徴という、強大なものがあると思うのですが、この作品の中の大統領はそうじゃ ないですね。大統領自らがタクシーの運転手に扮して市民生活を‘リサーチ’したり…

そう、そこがこの作品で一番描きたかった部分です。僕は全羅道の出身なんですが、全羅道っていうのは歴史的に見て政治的に不幸な出来事が多く、とても疎外された地域です。金大中氏が大統領になった辺りからやっと光が灯ってきましたね。あの人の出身も全羅道だから。日本にもそういう面があるのかどうかわからないけど、韓国の地方都市の発展というのはそこの出身地の政治家が権力を握れるかどうかにかかっているんですよ。金大中氏以前の大統領は、皆慶尚道出身者だったから全羅道は開発が遅れてね。それから、光州事件なんかの忌まわしい過去もあった。だから小さい頃から僕には‘大統領’っていうと、銃やら手榴弾、人と人が争って血が流れる、独裁政治、そういう凄惨なイメージと共に記憶される存在だった。そういうわけでこの映画に出てくる庶民派の大統領っていうのは、「こんな大統領がいたらいいなぁ」っていう素朴な発想から出た人物像なんです。また韓国の大統領って言うと、今までさんざん賄賂や何やらで汚い事件を起こしてばかりだったでしょう。そういうんじゃない、おい、そろそろこんな感じの奴が韓国の大統領として登場してもいいんじゃないか、という発想で、頭にポンと浮かんだんですよ。

-この映画が韓国で封切られた時はちょうど実際の大統領選挙が近かったんですよね?

チョン・フマンベ監督の写真2そう、選挙の約2週間前だった。ノ・ムヒョン大統領の当選、これって、僕の作った映画もある程度影響してるんだぞっていう自負があるんだ。選挙の前にこんなに大々的に‘庶民派の大統領’って宣伝してあげたんだから(笑)。映画の中でこういった形で大統領像を表現したのは僕が初めてだしね。その意味では、実際の世界でも自分の夢が叶ったってことになるな。思い描いてた理想像に近い大統領の誕生となったわけだからね。ノ・ムヒョン大統領は、今までにない新しい時代の新しい政治家だ。僕がスクリーンに投影した大統領像と重なる所が多い。今回日本で上映されて、僕も久しぶりにこの映画をマジマジと見たんだけど、「うわぁ、ノ・ムヒョンをモデルにしたみたいじゃないか」って改めて感じ入ってしまった。

-映画を撮る上で実際の大統領の生活をリサーチされたのでしょうか。執務室等は実際の大統領府である‘チョンワデ’で撮られたのですか?

綿密な下調べはしましたよ。だけど実際の場所は使わせてもらえなかった(笑)。絶対許可なんか下りないよ。だから似た感じの部屋を使った。映画の中のチョンワデは、一つの建物に見えても実際は五ヶ所に分けて撮ったんです。

-監督は今回の作品の原作・脚本も手掛けていらっしゃいますが、シナリオを書いている最中から大統領役はアン・ソンギ氏をイメージされていたんですか?

もちろん。彼意外にこの役をできる俳優はいないと確信している。アン・ソンギという役者は、韓国映画界で実に20年もトップの地位を保っている偉大な俳優なんだ。これは過去に例を見ない偉業だよ。大統領というのは、いくら庶民派と言っても、その地位に相応しい品位と威厳がなくてはいけない。そしてスクリーンを通して見た時に、本当に彼こそ本物の大統領だと思わせるような現実感を持たせることのできる俳優でなくてはならないんだ。アン・ソンギ氏だからこそできる役だと思うよ。

-ストーリー全体の発想はどこから得たんですか?

チョン・フマンベ監督の写真3まず、さっき言った、アン・ソンギ扮する‘理想の大統領像’を頭に思い描いた。彼を主人公に映画を作るとする。そうしたら次に来るのは‘ジャンルは何だ?’ってことだ。韓国ではロマンスというジャンルがとても人気があって客の入りがいいんですよ。だからロマンス、それも心温まるコメディタッチのロマンスにしようと決めた。大統領はある程度の年齢に達した中年男性であるのが自然だ。その年の男なら子供が一人くらいはいるだろう。っていうことで娘がいる設定にした。娘はいるものの、これから恋愛しようっていう大統領に奥さんがいちゃまずいだろう、ってことでやもめにしたんだ。あとは大統領が新しく女性と出逢えるといったらどういうシチュエーションだろう…と考えて行った。それで、娘の担任教師だったら連絡くらい取り合うだろう、と。その娘が問題児だったらなおさらね(笑)。

-映画の中の大統領は何故‘ピアノを弾く’のでしょうか? その設定はどこから発想したんですか?

この作品の中で‘ピアノ’は二つの大きな意味を持っているんです。まず何より、‘ピアノを弾く中年男’ってそれだけでロマンチックじゃないですか?(笑)‘ピアノを弾く音大生’とか‘ピアノを弾く美少年’よりもね。これだけで優雅なイメージが漂う。もう一つは、これがもっと重要なんだけど、映画の中で大統領はもともとはピアノなんか弾けないのに、大衆にアピールするための戦略としてピアノという道具を利用しているでしょう。それを最後のほうで国民に向かって告白する。「私はピアノなんか弾けないのに国民の人気を得るために嘘をつきました」って。映画の中のピアノは、大衆を信用させようと政治家が多用する嘘を象徴しているんだ。その嘘をテレビの前で懺悔する。これは「政治家のお偉方、たまにはこれくらい正直に生きてみなさいよ」っていう僕からの警告なんだ。ピアノという小道具を使うことで、とても優雅でロマンティックな‘警告’に仕上がっているでしょう。

-劇中で大統領がたどたどしく弾く曲は名作映画「慕情」のテーマ曲‘愛とは素晴らしいもの’ですね。この曲に関して何か思い入れが?

チョン・フマンベ監督の写真4思い入れというほど特別なものはないけど、昔観た映画だから心の奥深いところに常にある曲かな。

-他にも劇中でオードリー・ヘップバーンやマリリン・モンローのポスターが飾ってあったり、チェ・ジウ氏のルームメイトであるオンニが「ティファニーで朝食を」のオードリーに似た扮装で佇んでいる場面がありましたが、映画に対する思い出がたくさんおありなんですか?

うん、昔みた色んな映画が自分の体の中にそっとしまってあって、自分が映像を創ろうという時にそれらがどこからかふっと出てくるんじゃないかな。映画っていうのは、今までの自分の経験や性格なんかが強く反映されるものだと感じますね。例えば、オリバー・ストーン監督の作品を観ると、今まで彼がどう生きてきたかがよくわかるでしょう。映画というものはどうしたって自分の内面が映し出されるものなんだね。

-この作品では、ソウルの街が様々な形で‘紹介’される格好になってますね。仁寺洞(インサドン)とか710番の市内バスとか、レコードが壁一面に収納されている洒落たバーとか…。撮影地の決定に当たっては監督の意向が強く反映されたのでしょうか
?

どうしてインサドンを選んだかって言うと、アン・ソンギが街中でピアノを弾いているところを道行く人々が身近に眺められる場所があって、なおかつストーリーの都合上その近くに洒落た酒場がなければならなかった。その条件に当てはまるのがインサドンだったんです。あそこは街全体がアートというか、気軽に音楽を楽しんだりミュージシャンが弾き語りをしたり、そういう配慮がなされている場所でしょう。それで都合が良かった。

-監督は韓国の映画監督としては珍しく国文学の専攻ですね。チェ・ジウ氏扮する担任教師も国語の教師ですが、何か関係が?

チョン・フマンベ監督の写真5関係なんてないよ。だって僕は大学で勉強なんて全くと言っていい程しなかったんだから(笑)。そもそも国文学専攻っていうのも映画学科に行きたかったのを親に反対されてしぶしぶ選んだ道なんだ。チェ・ジウが理科や数学ではなく、どうして国語の教師なのかっていうと、昔から韓国では国語の教師って言うと労働運動や政治運動にのめり込む人種っていうイメージがあるんだよ。権力に歯向かう人たちと言ってもいい。だからヒロインを敢えてそういう背景を持つ国語教師に設定することで、権力に屈しない、堂々とした人物像として描きたかったんだ。

-劇中で‘黄鳥歌’という漢詩が扱われていますが、これはてっきり監督の学生時代における‘研究テーマ’かもしれない、と思ったのですが?

それはかなりの深読みだね(笑)。でも‘黄鳥歌’は韓国では誰もが知ってる有名な高句麗時代の漢詩ですよ。学校で必ず習う古典中の古典。

-この詩を大統領がリムジンの中で呟きつつ、窓をスーッと開けて空を眺めながら物思いにふける短いシーンがありますね。あれがとても印象的なんですが、あの瞬間大統領は何を考えていたんでしょう?

あぁ、自分は一人きりなんだなぁ…と。あの詩は愛を高らかに詠ったものなんですよ。それを暗礁しながら孤独な自分の身の上を想っていたんだね。大統領という要職にありながら、ふっと囚われる孤独感というものをあのシーンで表現しているんだ。ところで、あのシーンで使われたリムジンね、僕は知らなかったんだけど、リムジンってちょっとしか窓が開かないんだよ。あのシーンでは、どうしても窓が大きく開く必要があった。…映画を見た人はその理由がわかると思うけど(笑)。初めはどうしようかと思ってね、あんな高い車、無理やり窓をこじ開けるわけにもいかないし。それで何とかそのままの状態で撮ったけど。

-本作ではセリフにとても印象的なものが多いです。観客の皆さんにも覚えてもらいたいさり気ない‘愛の言葉’がたくさん出てくる(笑)。私が一番好きなのは「人は暗くなるとどうして勇気が出るんだろう」というセリフです。どこのシーンの誰のセリフかは観客の皆さんに探してもらいたいのですが(笑)。監督はこれまでにもシナリオを多く書いていらっしゃいますね。洒落たセリフはどんな時に浮かぶのでしょうか。

チョン・フマンベ監督の写真6僕もあのセリフはとても粋な一言だったと思うよ。シナリオを書く段階では、一つ一つのセリフまでパッと思い浮かぶわけではないですね。今回の映画では脚色を担当してくれたのが「猟奇的な彼女」のクァク・ジェヨン監督なんです。彼の助力もあって、セリフの面でいくつかの‘傑作’が出来上がったと言える。

-本作でのもう一つの‘傑作’は何と言っても胸のスカッとするようなチェ・ジウ氏扮するヒロインではないですか?彼女は典型的韓国美人で、メロドラマのヒロインといった印象が強い女優さんだと思うんです。人形のように美しいけれど表情に乏しいというか…。しかし本作品では彼女が内面にスッと一本筋の通ったような堂々とした先生役を清々しくコミカルに演じていますね。まるでビリー・ワイルダーの映画に出てくるヒロインみたいに。とても魅力的で、新しい彼女を見た感じがします。

そう、それも狙いだったね。彼女は今言ったように、悲劇のヒロイン的な役ばかり演ってて本人も見るほうも少々食傷気味のところがあった。この作品が俳優チェ・ジウにとっていい転換期になったんじゃないかな。このキャスティングに関しては、初めから彼女が頭にあったわけじゃなかったけど、イメージを覆す意味でも彼女のハマリ役だったね。彼女のセリフの中に‘’という言葉が出てくる箇所があるんですよ。それまでは彼女のような完璧に近い美人がこんな言葉を吐くなんて信じられない、といった感じが強かったと思う。ほら、美人はおならをしない、とか男が抱きがちな幻想ってあるでしょう(笑)。でも彼女には思い切ってこの言葉を言ってもらった。だけど全然下品にならず、かえってヒロインがサバサバした性格であることが強調できたんじゃないかな。

-‘’という言葉の意味はこれを読んで下さっている方に辞書でお調べ頂くとして(笑)…本作を撮るに当たってとくに苦労なさった点は?

う〜ん、何と言っても製作費の問題ですね。韓国で映画を作ろうと思ったら最低でも20億ウォンが必要になってくる。だけどこの映画は18億ウォンしかなくてキュウキュウだった。他には、撮影の最中にね、例えば地下鉄の中のシーン、あれは夕方のラッシュになろうかという時間にロケが重なっちゃって大変だった。あのシーンはとても重要な部分でしょう。すれ違ってしまった二人の心が再び解け合う場面だからね。なのに実際の乗客を制して「ちょっと今撮影中なんでスミマセン」なんて言いながらやってるから、全然集中できないんだよ。周りからは「何だよ、通せよ」なんて文句が飛び交ってて。日本もそうなのかな、韓国では撮影するのに特別許可なんかなかなか下りなくて苦労が多いんですよ。あとは、製作途中の苦労というよりは、出来上がった作品自体の完成度に不満が残って今でも煮え切らないものがあるね。

-それは具体的にどういう点に不満が残っているんですか? もし同じ作品をもう一度撮るとしたら変更したい部分、或いは付け加えたい部分はどういうものですか?

チョン・フマンベ監督の写真7全体的に不満が残ってますね。この映画のストーリーは、もともと僕の書いたシナリオの内容を半分くらい変更したものになってるんですよ。最後の、チェ・ジウが勤める小学校にアン・ソンギが訪ねて来るシーン、あれはもともとのシナリオではアン・ソンギが卒業した小学校、という設定になっていて、そこに偶然にもチェ・ジウが赴任した形になっていた。そういう細かい点も削除されてしまったし、映画全体を見ても、正直言ってこれは決して出来のいい作品とは言えない。登場人物の内面に潜む葛藤、より人間的な面、悩みとかね、そういう点が全く表現されていない。僕はもともとこの作品にそれ程重々しいテーマを据えようとは意図していなかったけれど、それでもあまりに軽い仕上がりになってしまった。ただ、さっき言ったように、自分の頭の中に存在していた理想の大統領像はスクリーンにありありと再現できたから、不満ばっかりでもないけどね。

-監督が映画を作る際或いはシナリオを書く際に、常に心に留めている信条をお聞かせて下さい。

僕の作品に触れた人の心に、何か温かいものが残るようにといつも思っています。僕が映画に込めたいことは唯一つ、‘希望’ですね。僕は映画監督になるまで色んな困難を経験したんです。韓国で監督になるのは、それはもう大変なことです。特に僕は映画学科を出ているわけではないし、山奥のものすごく田舎の出身。バスが日に二回しか来ないくらいのね。金銭的に恵まれてるわけじゃないし、一人息子の長男でね、韓国で長男っていったらもう大変。先祖の法事は全て取り仕切らなくちゃいけないし、家族の期待って言ったらそれはもう両肩どころか頭の上からズシンと圧しかかってくる。そういう中で、まず自分のやりたいことをやり通すという大変さがあった。監督になってからは、やはりお金の苦労ですね。今回の作品作りも困難の連続だった。周りに助けてくれる人がいるわけじゃない。ストレスで精神的に参ってしまって、病院にも通ってたくらい。だけど僕にはいつでも希望があった。希望が自分を生かしてくれたという思いがあるから、映画を通じて観客にもその希望を受け取って欲しいんだ。

-作品を拝見していると、苦労を耐え忍ぶといった困難の克服法ではなく、逆行を笑い飛ばしてしまうような、より積極的な人生の進み方を提示されている気分になるんですが。

そうだね、僕自身が困難に対処する際、そういった思考で臨むからね。一番辛かった時期にだって、常に自分を前向きに持っていこうとする本能的なものが残っていたと思う。

-これから具体的にどんなテーマの作品を作りたいと考えていらっしゃいますか?

愛をテーマにしたものですね。ノスタルジックな映像で…。言葉で「愛している」とストレートに伝えるのではなく、映像の‘行間’で愛というものがじんわりと感じられるものを撮りたい。観てくれた人が温かいものを感じて家路についてくれたとしたら、その映画は成功したと言えるんじゃないかな。まだ撮ってはいないけどね(笑)。

-本日は貴重なお話を聞かせて頂いてありがとうございました。

僕も生まれて初めての日本滞在、とてもいい経験でしたよ。ところで、東京は釜山に似てるね。そう思わない?

インタビュー日時:2003年11月7日(金)
聞き手:Kスタッフ


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