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韓国映画「蜜愛」
シュリ」でお馴染みの女優、キム・ユンジン主演映画「蜜愛」。真の強さを探る、女性による女性のための愛の映画として人気だ。
イントロダクション あらすじ プロダクションノート
キャスト スタッフ 監督インタビュー

蜜愛 監督サイン入りプレスの写真INTRODUCTION
ありのままの私を賛美してくれる彼の腕の中で、私の心はふたたび鼓動しはじめる
 夫の浮気によって心をずたずたに引き裂かれたミフンは、どこか孤独な影を湛えた青年医師から「ゲーム」に誘われる。夏が終わるまでの間、恋人同士になろう。ただし「愛してる」とどちらかが口にした時点でゲームは終了――。自分の存在意義さえ見失っていたミフンは、医師インギュの腕に抱かれ、生きる喜びと女としての自信を取り戻し、抑えようとしても抑えられない情熱によって日増しに美しく輝いていく。が、それは彼女の人生を大きく変えてしまう危険な情熱でもあった……。

『シュリ』のトップスター、キム・ユンジンが体当たりで魅せる大人の女性の官能美
 平凡な幸せに浸っていた主婦が一転して生気のない姿に変化し、そして彼との出会いによってふたたび笑顔を取り戻していく。大ヒット作『シュリ』で世界的な人気を得たキム・ユンジンは、心の在り方によってさまざまに変化していくミフンという女性を、全裸シーンも臆することなく、時に激しく、時にしっとりと、時に少女のように、見事に演じきる。心の痛みのわかる大人の女性にしか出せないその色気は、画面から匂い立つようで、せつない余韻を残す。キム・ユンジンは本作の演技で韓国の青龍賞主演女優賞に輝いた。

少年の瞳と肉体美で孤独な男を陰影濃く演じるイ・ジョンウォン
 自分から言い出したゲームでありながら、ミフンに強く惹かれていくインギュを演じるのは、1991年に映画デビューしたイ・ジョンウォン。94年以降はテレビ・ドラマに専念し、本作は実に8年ぶりの映画作品だ。もともとスポーツ万能で知られるが、キム・ユンジンとの美しいベッド・シーンを演じるため、体重を10キロ落として撮影に臨んだ。ほとんど感情を表に出さないインギュの内面を、その澄んだ瞳を少し変化させるだけで、愛も怒りも優しさも表現。本作以後は映画出演作が相次ぎ、活躍の幅をさらに広げている。

ドキュメンタリー出身の女性監督ならではの、愛の物語
 監督のビョン・ヨンジュは、日本でも話題を呼んだドキュメンタリー映画『ナヌムの家』シリーズで知られる、韓国のドキュメンタリー映画界の代表的存在。元従軍慰安婦の女性達を追った『ナヌムの家』『ナヌムの家U』『息づかい』の3部作は世界各国の映画祭で数多くの賞を受賞している。ビョン監督は、初の劇映画作品である本作で不倫を扱った動機を次のように語る。「従軍慰安婦という日本がかつて行なった『悪いこと』をテーマに取り上げてきた私は、誰からも『正しいこと』をしていると言われ続けて、それがプレッシャーにもなっていた。誰も『良いこと』とは賛成しない題材からスタートすれば、新しい何かが作れるのではないかと思ったのです」。そして、「後ろを振り向かずにひたむきに生きるヒロインに心惹かれたのです」。〈運命〉に押し流されて辿り着いた場所で最後にミフンが見せる笑顔と独白─「活力は不幸から生まれる」─は、『ナヌムの家』のハルモニ(おばあちゃん)達が示す前向きな強さに、確かに太く繋がっていることがわかる。「活力は不幸から生まれる」は、ビョン監督自身の座右の銘でもあるという。

蜜愛の映画写真1STORY
私の名はミフン。30歳。大学卒業の年に結婚して8年が経つ。夫は出版社を経営し、私は家事と小学生の娘スジンの世話で毎日を過ごしていた。平凡で穏やかな幸せに満ちたこの日々がずっと続くはずだった。あの日、あの女が家に来るまでは。クリスマス・イヴの夜に現れた、まだ幼さの残る酔っ払ったその女は、「あなた」と私の夫を呼んでしなだれかかり、2人がいかに愛し合ってきたかを私に向かって早口でまくしたてた。それから私は殴り倒された──肉体的にも精神的にも。
「彼はね、私の絶頂の瞬間を一生忘れないって言ったわ!」
 半年後、私たちはソウルから半島の南端に引っ越した。山に囲まれ、近くには湖もあり、田んぼが広がる村のはずれ、白いフェンスで囲まれた一軒家。あれから夫は腫れ物に触るように私に接している。でも私は何も感じない。何を見ても、何をしても、何の実感も湧かないのだ。頻繁に襲う頭痛も私を苦しめる。時折、涙が頬をつたう。あの日、私と私の8年間が一瞬にして否定されたのだ。たった半年で立ち直れるはずがない。
 でも、間もなく、あの人に出会った。町の小さな個人病院で医者をしていて、うちの裏手に一人で住んでいる。頭痛をおさえる薬をもらいに行った時、彼は言った。「ゲームをしませんか? 夏が終わるまでの4カ月間、恋人になったつもりで過ごすんです。ルールは1つ。相手に『愛している』と言ったほうが負け。ゲームもそれで終わり」
 台風の大雨が降りはじめた日、彼、インギュがうちの外に車を止めていた。私は思わず外に飛び出して彼の車を追い、私たちはホテルへ向かう。外はどしゃ降りの雨だけど、2人だけの暖かな部屋の中で彼に全身を愛され、私の中の何かがゆっくりと、やがて激しく目覚めて行く。
「君は自分の魅力に気づいていない。君はすごい。吸い込まれそうだ」

 蜜愛の映画写真2彼との他愛のないお喋りに、私は久しぶりに声を上げて笑った。そして私たちはもう1度、愛を交わし合う。その時、私の人生にふたたび光が射し込んだ。 家にいれば彼からの電話を心待ちにし、外に出れば彼の姿を探してしまう。「ゲーム」だと自分に言い聞かせても、思うのは彼のことだけ。彼が時々見せる冷たい態度や言葉に心が揺り戻されるけれど、次に会うと彼は前にも増して私を強く求めてくる。「想像できないだろう。僕がゲームに負けないようどれだけ努力しているか」 やがて私たちの噂が村中に広がる。姉の法事で実家に帰った私に彼が会いに来てくれた夜、初めて一緒に朝まで過ごす夜、人生最後の日は何をして過ごすか彼に聞かれ、「洗濯をして冷蔵庫の整理をして、美容院で生まれて初めて"おまかせします"と言ってみる。スジンが大人になった時に読む手紙を書いて、それからピザを食べて──」と、思いつくままに答える。その時、彼は真剣な眼差しで口を挟んだ。「僕は? 最後の日の何時に僕に会う?」
「人生最後の日は、朝から夜まで君と過ごす」
彼はそう言ってくれた。私が何よりも聞きたかった言葉。そして、2人がどれほど遠くまで来てしまったか、私たちは、その時、悟る。もう終わりにしなくてはいけない。そうしなければ2人とも破滅してしまう。だけど……。

PRODUCTION NOTES
蜜愛の映画写真3辛酸をなめた女性たちを見つめるドキュメンタリーを経て結実した『密愛』
 ビョン・ヨンジュ監督のドキュメンタリー代表作『ナヌムの家』3部作。元従軍慰安婦のハルモニ(おばあちゃん)たちが暮らす「ナヌム(分かち合い)の家」へビョン監督が1年以上にわたって通い続け、少しずつハルモニたちの信頼を得て、ようやく撮影が可能になった第1作『ナヌムの家』(95)と、次にはハルモニたちの方から「また撮ってくれ」と言われて撮った『ナヌムの家U』(97)、そして「ナヌムの家」から外に出て、元従軍慰安婦同士でインタビューしあう様子などを撮った『息づかい』(99)からなる。最初はぽつりぽつりと過酷な個人史を呟いていたハルモニたちが、そうやってそれまで胸の中に閉じ込めていた恥辱の体験を声に出して語ることで前向きになっていく様子や、時に喧嘩もしながら互いに助け合う彼女たちの日常、そして彼女たちの体験を今の若い世代はどうやって自分のこととして引き受け、繋いでいくかまでを問う3部作でもっとも胸を打たれるのは、ハルモニたちの強さ、明るさ、そして優しさだ。
辛い体験があってなお、いや、だからこそ、人は強くなれる。ビョン監督が3部作を通して得たことは、初の長編劇映画である本作に結実されている。ミフンの生き方そのものがそうだし、ミフンの友達になる食堂の女性もまた、辛い現実を変えるべく前進をやめないのだ。
女性だけで結成した映像製作集団〈バリト〉から映画のキャリアをスタートさせたビョン・ヨンジュ監督は、この3部作以前から女性スタッフと共に作品作りを行なってきたが、本作でもそれは踏襲されている。93年の初監督作品『アジアで女性として生きるということ』に共同監督として名を連ねているシン・ヘウンは、以後のビョン監督作品にプロデューサーとして参加してきた女性で、本作でもプロデューサーとして監督をサポート。また、エグゼクティブ・プロデューサーのキム・ミヒは製作会社〈良い映画〉の代表を務める女性で、これまでにも『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(99)『ラスト・プレゼント』(01)などのヒット作を連発している。ちなみに〈良い映画〉自体、社員は女性が大半を占めている。さらに、ミフンの心の変化を鮮やかな色彩で表現したプロダクション・デザインのイ・グナは、『スプリング・イン・ホームタウン』(99)でキャリアをスタートさせた女性だ。
 と、ミフンの心の動きを丁寧に追った本作は、女性たちによる女性たちのための女性たちについての映画として作られていったのだ。

美しい韓国南部の田園風景がミフンの心を投影する
 ミフンとインギュの愛の行方を見守る美しい田園風景は、韓国南部の慶尚南道南海郡三東面の村(劇中ではナビ村)。撮影の8割を占めるこのロケ地を探すため、スタッフは2年の歳月を費やし、最終的にビョン監督とプロデューサーのシン・ヘウンがこの場所を見つけ出した。韓国で4番目の広さを誇る島、南海は、韓国初の海上国立公園に指定された関麗水道の中央に位置している。
監督は言う。「それは、何か事件が起きるとは考えられないような、静かで美しい場所でなくてはならなかった。ミフンとインギュの情熱のぶつかりあいという嵐が巻き起こる前日にふさわしい、皮肉とも言えるほどの静寂が漂う場所。私は、単に海の近くの町ではなく、陸地と島の両方の要素を備えた南海郡をすっかり気に入ってしまった。南海郡のすばらしい美しさ自体がこの映画のもうひとつのストーリーを語っていると思う。夏の生い茂る木々の緑や海のような湖が、どこかミフンの心情に繋がっていると感じたのだ。風にざわめく木々の心地よい音も私を魅了した」
 南海郡は本作の製作に2千万円を越える額の出資をした。この資金で製作チームはミフンとインギュの家を建てる土地を購入し、セットを建設。どちらの家も撮影終了後は観光名所として残されている。

上質のヨーロッパ映画を思わせる映像美の秘密
日のうつろいとともに微妙な変化を見せる風光明媚な景色、ミフンとインギュの美しすぎるラブ・シーン、2人の感情が高まっていく表情──すべてのシーンをまるで絵画のごとく鮮やかに繊細に撮り上げたのは、撮影監督のクォン・ヒョクジュン。ポーランドのウッジ国立映画学校(アンジェイ・ワイダ監督、クシシュトフ・キェシロフスキ監督、ロマン・ポランスキ監督らを輩出した名門校)で学び、2001年の東京国際映画祭で上映された『バタフライ』(01・未)で撮影監督デビューした新進気鋭だ。本作で彼をアシストした撮影スタッフには5人のポーランド人が含まれていたが、カメラドリーを務めたロベルト・ルコフスキは、『戦場のピアニスト』(02)の撮影にも参加した経歴を持つ。
 この撮影チームによって、映される景色や日常風景は確かに私たちにも懐かしいものなのに、それでいて印象は夢の中のように幻想的でさえある映像が実現したのだ。

韓国映画とベッド・シーン──キム・ユンジンの果敢な挑戦
 韓国映画のヒット作の多くにはベッド・シーンが存在しない。"メロ"と韓国では称される恋愛映画──例えば『美術館の隣の動物園』(98)『リメンバー・ミー』(00)『猟奇的な彼女』(01)──は、多くが爽やかな青春恋愛ものだから当然だが、この世にセックスなど存在しないかのような作品が主流を占めている。一方、その裏返しのようにセックスを中心に据えた作品がときおり登場する。高校生の女の子と中年男性がラブホテルで過激に性交を繰り返す『LIES/嘘』(99)や、美しい主演男女の透き通るような肌が印象的な『寵愛』(00)などがそうだ。あるいは、『豚が井戸に落ちた日』(96)などでもっとも個性的な映画作家として評価の高いホン・サンス作品にも常にどこか乾いたようなセックス・シーンが登場する。『LIES/嘘』、『寵愛』あるいはホン・サンス作品に共通する点は、女優が新人だったり、いわゆるアイドル女優ではない点。だからこそ人気女優のキム・ユンジンがイ・ジョンウォンを相手に全裸のベッド・シーンに挑むという事は、韓国では公開前から大きな話題を呼んだのだ。当然のことながらキム・ユンジン自身、出演を8カ月間も迷ったそうだが、出演決意の裏には、ビョン・ヨンジュ監督への絶大な信頼のほかに、アイドルからの脱皮を狙う決心もあったはず。彼女の挑戦は見事に成功したわけだが、それは「脱ぐ」ことによってというよりも、幾重にも変化していくミフンの心情を、まさにミフンに憑依されたかのように表現したその演技力ゆえであることは明らかだ。


イントロダクション あらすじ プロダクションノート
キャスト スタッフ 監督インタビュー


 
DATA
[CAST]
キム・ユンジン/ミフン役
1973年ソウル生まれ。10歳の時にアメリカへ移住し、ボストン大学演劇学科で学んだのちブロードウェイで活動。ボストン大学の4年間、全額奨学金授与という才女。韓国のテレビドラマ出演を経て、97年に『殺す話』(未)で映画デビューする。そして99年の大ヒット作『シュリ』に大抜擢され、その演技力と情感溢れる魅力で一躍トップスターに。同作品で大鐘賞新人女優賞、映画評論家協会賞新人賞、黄金撮影賞新人演技賞受賞。これまでの映画出演作に『燃ゆる月』(00)『RUSH!』(01)『アイアン・パーム』(02・未)『イエスタデイ』(02・未)がある。本作『密愛』で2002年青龍賞主演女優賞を獲得し、名実共に韓国を代表する実力派女優となった。日本映画『RUSH!』出演のほか、02年には藤原紀香とともに日韓国民交流年親善大使に任命され、またカネボウのコマーシャルにも出演するなど、日本での活躍も記憶に新しい。
「もともと原作小説にとても感動したのですが、改めてシナリオを読んでみて、ミフンの役は私が個人的に体験したことのない要素が多く、演じられるか不安でいっぱいになりました。それに大胆なセックス・シーンもあるので、実は8カ月間もあれこれ悩んだのです。でもそのうち悩んでる自分自身に腹が立ってきました。作品にとって必要なことなのに裸うんぬんで悩むこと自体がおかしいと思うようになったんです。そして実際にビョン・ヨンジュ監督と会って、自信を与えてもらえました。長くドキュメンタリーを撮ってきたからか、俳優と深くコミュニケーションをとっていく監督で、また周囲の人を惹きつけるカリスマ性を持った人だと思います」

イ・ジョンウォン/インギュ役
1969年生まれ。88年にCFモデルとして芸能界デビュー。映画デビュー作は91年の『17歳のクーデター』(未)。以後、『ホワイトバッジ2 戦場の青き狼たち』(未)『コーヒー・コピー・鼻血』(94・未)『契約カップル』(94・未)に出演するが、94年以降は活躍の場をもっぱらテレビドラマに移し、スポーツ万能の才能を生かした役で活躍し、チャン・ドンゴン、シム・ウナ共演のバスケット・ボール・ドラマ「ファイナルジャンプ」(94年放映)でスターの地位を確立。高視聴率をマークしたシム・ウナ共演の「青春の罠」(99年放映)では非情な悪役を演じて多くの視聴者から憎まれることに。本作『密愛』で8年ぶりに映画界に復帰。撮影に臨んで10キロの減量を果たし、役作りに取り組んだ。本作で映画出演に弾みをつけ、続けて出演した『蝶』(03・未)では卑劣な軍人を演じ、最新作のコメディ『最後の晩餐』(03・未)では三流チンピラ役と、幅広い役をこなす映画俳優として、地歩を確実に固めている。なお、本作のインギュ役とは正反対に、私生活では家庭を大事にする一男一女の父。

ケ・ソンヨン/ヒョギョン役
リュ・スンワン監督の第2作目『血も涙もなく』(02・未)でデビューした新人俳優。2002年はこのデビュー作に続けて本作『密愛』、そして『白い部屋』(未)と、出演作品が3作も公開される幸運なスタートを切った。本作では、自らの過ちが招いた家庭崩壊の危機を救おうと静かに奮闘するミフンの夫という、ある意味でもっとも現実感のある役を好演した。

[STAFF]
ビョン・ヨンジュ/監督・脚本
1966年ソウル生まれ。梨花女子大学法学科卒業後、中央大学大学院映画学科で演出を学ぶ。88年に女性だけで結成された映像製作集団〈バリト〉のメンバーとして、ビデオ・ドキュメンタリー「私たちの子供たち」で撮影と編集を、「花の名前」でシナリオと撮影を担当。その後、〈青い映像〉でアジアにおける売春観光の実態を追ったドキュメンタリー『アジアで女性として生きるということ』(93)をシム・ヘウンと共同演出。この作品は93年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された。93年にドキュメンタリー映画製作集団〈ポイム〉を設立し、従軍慰安婦問題を扱った『ナヌムの家』を監督。ドキュメンタリー映画を劇場上映する土壌がなかった韓国で、ドキュメンタリー作家のパイオニアとして尽力し、同作品は韓国で初めて劇場公開されたドキュメンタリー映画となった。また95年の山形国際映画祭で小川紳介賞を受賞したほか、世界各国の映画祭で上映され、高い評価を受けた。97年にその続編『ナヌムの家U』を、99年に完結編『息づかい』を完成させ、この「ナヌムの家」3部作シリーズで2000年に映画評論家協会特別賞を受賞。その他の作品に、『忘れられた匠人 ヤン・ジュナム監督』(98)、『地域映画史─全州』(00)がある。
「初めての劇映画作品でしたが、ドキュメンタリー作品の撮影にくらべて特別に制約に感じることなどはありませんでした。カメラが16ミリから35ミリに変わったのが一番大きな違い、ぐらいのものです。この作品もこれまでのパートナーであるシン・ヘウンと一緒に取り組めたし、製作費と作品のクオリティのバランスを考えながら製作するという点もこれまでと同じでしたから。そして、スタッフ全員の熱意が最後に大きなスクリーンに結実するという点でも、劇映画とドキュメンタリーに違いはありません」

キム・ミヒ/プロデューサー
壇国大学卒業後、コピーライターなどを経て、配給会社シネマ・サービス取締役を務めたのち、99年にキム・サンジン監督とともに製作会社〈良い映画〉を設立。〈良い映画〉の製作第1作『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(99)は大ヒットになり、以後『ラスト・プレゼント』(01)『新羅の月夜(ビデオ・タイトル=風林高)』(01)『血も涙もなく』(02・未)『面白い映画』(02・未)と、娯楽作品を連続ヒットさせてきた。『密愛』は第7作目の製作作品になる。8作目はチャ・スンウォン主演のコメディ『キム・ボムドゥ先生』。現在〈良い映画〉代表。

クォン・ヒョクジュン/撮影監督
1972年ソウル生まれ。ポーランドのウッジ国立映画学校を96年に卒業。長編第1作は、2001年の東京国際映画祭で上映されたムン・スンウク監督の『バタフライ』。ちなみにこのムン・スンウク監督もウッジ国立映画学校に学び、98年に卒業。彼の監督デビュー作『異邦人』(98・未)は韓国・ポーランド合作映画で、ワルシャワで撮影し、主演のアン・ソンギもポーランド語で演じた。

チョ・ヨンウク/音楽監督
1962年生まれ。クラシックからポピュラー、サイケデリック、パンクに至るまで幅広いジャンルで活躍。初めて手がけた映画作品はハン・ソッキュ主演の『接続』(97)で、そのほかに『クワイエット・ファミリー』(98)『カル』(99)『JSA』(00)『エンジェル・スノー』(01)などの音楽を手がけている。『密愛』ではミフンの胸の内の苦しみを見事に表現した。2000年に『JSA』で春史映画芸術賞音楽賞受賞。

 




 
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