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国際結婚・恋愛掲示板
 
韓国語マラソン! |
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| ロシア・サンクトペテルブルグで留学中に出会った韓国人男性と恋に落ち、1999年に国際結婚したミチコさんの結婚式の様子をお伝えいたします。 |
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結婚式の二日前、私の親がソウル入りし、両家のお食事会、観光などをしてまわって、とうとう迎えた本番の日。私は連日の観光ガイド(?)がたたってよれよれ。プー(私の夫)も私の親の前で緊張し、ずっと運転手してたのでよれよれ。そのよれよれの二人が行った結婚式のリポートです。
韓国では結婚式はたいてい結婚式場やホテル、教会などで行います。結婚式には招待状がなくても誰でも参加できます。また参列者の人数が日本と比べとても多く、数百人は当たり前です。式ではウエディングドレスを着ます。韓国の伝統衣装は着ないのかと思われるでしょう。実は結婚式の後に夫側の親族に対して行うペベク(挨拶の式)というものがあります。その時新郎新婦は韓服を着るのです。そして、それぞれの親戚の前でクンジョル(大きいお辞儀)をします。さて、前置きはこれくらいにして、早速私達の式の様子をお話しましょう。

チュレ先生(仲人みたいなもの?)が遅れたので、式は予定の午後5時を少しまわったところで始まった。入れ替わり立ち代わりうろうろしていたお客さんたちがさーっと引いて、みんな式場の方に入っていった。わたしもヘルパーさんに連れられて式場の入り口へ。父親が待っている。前にはプーも入場の合図を待っている。うちの母親とプーの母親が一緒に入場して祭壇のろうそくをともす。向き合ってお辞儀をし、お客に向かってお辞儀をして着席。親の席は祭壇の側、客席の前に別に設けてある。その次にプーが入場。一人でチュレ先生の待つ祭壇の方に歩いていく。後日プーは「すっごく長い距離に感じた」と言った。プーが前まで行き着いて、ワーグナーの結婚行進曲が流れ出し、最後にわたしと父親の入場。
みんなの視線が集まってるんだろうなあと思うけど、相変わらずうつむき気味のわたしにははっきり見えない。それよりもドレスのすそが気になる。ヘルパーさんに言われていたので、ドレスの前を蹴飛ばすように歩いた。でないと踏んづけてしまうのだ。
なんとかつまづかずに到着。プーのところまで来て、プーが父親にお辞儀した。わたしは父親の手を放してプーの手に手をのっけた。前々日の練習の際に「ここで握手してくださいね」と言われた父親はぢーっと握手を待っていたのだが、実はこの握手、父親がしかけなければならなかった、とわかったのは式の後。プーもぢーっと待っていた。結局握手なしで式は進む。
父親は席につき、わたしとプーは手をつないでチュレ先生の待つ祭壇への階段をのぼった。挨拶した後、チュレ先生のお話が始まる。わたしはどこで何を言わなくちゃいけないのか、ぢーっと注意深く聞いていたので少しも感極まる余裕がなかった。ちなみにここでわたしが言ったのは「ィエーッ、クロッケ
ハゲッスムニダ(はい、そう致します)」を三回。 しかし、このチュレ先生、遅れてきただけではなくいろいろとしてくださった。ぢーっと耳を傾けていると「新婦マチコ氏」と連呼している。似たようなもんだからまあいい、って問題じゃないだろう・・・おいおい。一回だけこそっとプーがささやいたので「ミチコ氏」になったが、あとはずーっと「マチコ氏」で通された。おかげで後日ビデオを見ると、わたしの不満そうな表情がありありと・・・
更に「・・・二人の結婚が成立したことを報告します」などと言うところで、日付を間違えた。「29日」というべきところで「28日」と言ってしまい、韓国語がわからない日本人側には問題なかったが、韓国人のお客さんの間で「にじゅうはち・・・?」というざわめきが。
それはともかく、このチュレ先生のお話はなかなか短くて簡潔にまとまってて評判がよかった。普通はもっとだらだら長ったらしくしゃべるらしい。
チュレ先生のお話の後は、友達が祝歌を歌ってくれた。もちろん前々から話しておいたのだけど。彼女とはペテルブルグで知り合った。プーと同時期にペテルブルグにやってきてペテルブルグの音楽院で声楽を勉強して今回帰国。わたしは初めて聞いたけどやっぱりとっても上手だった。
ぼおーっと聞いているうちにちょっぴり気持ちがほぐれたのか、じわぁーっと涙が出てきた。この日涙が出たのはこのときだけだった。
歌も終わって両家の両親に挨拶をし、新郎新婦退場。プーはすべてが終わって余程ほっとしたのか、えらい早足で歩くので、わたしは何度もドレスのすそを踏んづけてけつまずきそうになった。出口の手前でプーの友達がクラッカーを持って迎えた。
これで式の中身は全部おしまい。お客さんたちはとなりの食堂の方に移って食事をはじめる。わたしたちと親族・友達はまだ残って写真撮影。それぞれの両親と、家族と、友達と、親戚と・・・というふうにたくさん写真を撮るのだけど、わたしの方の友達・親戚が少なすぎて、なんか結局全員かき集めて写った。写真撮影を終えてわたしはばたばたと控え室へ。ドレスを着替えてケーキカットしなくてはならないのだ。ドレスは例のピンクのぴらぴら。実はこれあんまり評判がよくなかった。だと思ったんだな・・・まあ終わったことはどうでもよい。
壇上にわたしとプー、ブモニムとうちの両親が上がって、ケーキに入刀。このケーキ、模造で、ナイフいれるところだけ3センチくらいバターがつめてある。なかなか笑えた。ケーキカットはあまりにも瞬間的で、日本でよくあるように写真撮る人用にぢーっとポーズとったりしないので、カメラ構えてた友達は「撮り損ねた」とぼやいていた。
シャンパンで乾杯の音頭をとって、その後それぞれのテーブルをまわって挨拶。ぜんぜん知らない人ばっかりだけども、とりあえず一所懸命お辞儀をしてまわる。すべてのテーブルを周りまわった後、やっと食事をしに別室へ。
ブモニムとうちの両親とわたしとプーには別室で食事が用意されてあった。でもブモニムはお客さんに挨拶しなくてはならないので、なかなか抜けれない。やっとブモニムが来られて食事が始まった、と思ったらペべクの準備するようにと言われて、スープと肉一切れ食べたところで席を立つはめに。気が高ぶってたからあんまりお腹すいてなかったけど、でも食事もったいなかった・・・


さて、式が終わりいよいよペベク。ペべクとは、結婚式のあと夫側の親族にする挨拶の式。韓服を着てそれぞれの親戚の人の前でクンジョル(大きいお辞儀)というのをしなくてはならない。
クンジョルは男性用と女性用とぜんぜん違う。男性用のクンジョルは、日本でする土下座に似ている。まず立って、その後「ははーっ」ってな感じでひれ伏して地面に頭を擦り付けるくらいにまで下げる。女性用のクンジョルは、立って両手を目の辺りで合わせて、そのまま真下にスルスルスルっと座って、手はそのままで前に頭をずずいっと下げる。
「韓服着てクンジョルするってのはかなり大変だから練習しておいた方がいい」と言ってくれる人がいたので、オモニムとアガッシ(プーの妹)に頼んで、事前に練習しておいた。伝統舞踊やってるアガッシが教えてくれたポイントは足の合わせ方。左足を少し後ろに引いて、左足から折って次に右足、という風にして最後にあぐらかくように座ると、見た目滑らかに座れる。
はっきり言って、これがこの日一番緊張した。親族一同の前で、韓国式の挨拶をするのである。ここでこけたら一生なんか言われるかもしれない。ちょっぴり見栄っ張りのわたしとしては、うまいことやりこなして「ほお、ちゃんとできるじゃないか」と思わせたい。結婚式自体が終わってもペべクのことで頭がいっぱいで、ちっとも落着かなかった。

ペべク室に入ると、式場の係のおばさんがすでに待っていた。おばさんはわたしの着替えを手伝ってくれる。チョゴリ(上着)を着たあと上から更に上着を着せられた。これではせっかくのきれいなチョゴリが見えないのでちょっと残念だった。あたまにばかでかいかんざしのようなものを差して、それに布を巻き付けてたらす。更にほっぺたに赤い丸を貼り付けるのが伝統的。でも、それがおてもやんのようでどうしても嫌だったわたしは、おばさんがはりつけようとする前にきっぱり断った。
さて着替えが済んで、プーの親族が入ってきた。ペべク室の正面にテーブルが置いてあって、その上にペべクのウムシク(食物)が置いてある。干したなつめと栗を山積みにしたもの、何やら乾物のようなものがきれいにもりつけられていて、全部で四品。このペべクのウムシクは新婦側が準備する(と言ってもお金を出すだけだけど)のがしきたりらしい。
まずブモニムがジョル(お辞儀)を受けられた。プーと並んで横に係のおばさんがついて、「ブモニム、ジョルお受けください」と言って、クンジョルを三回半した。三回+半というのは、三回クンジョルした後、立ったままも一度お辞儀することを差すらしい。横でおばさんがジョルのスピードも調節してくれるので、らくちんらくちん。なんだ思ったより簡単。
クンジョルの後、わたしが杯を持ってプーがそれにお酒を注ぐ。でもこれはわたしたちが飲むんじゃなくて、ブモニムに差し上げる。ブモニムはお酒を飲んだあと少しお話をなさって、その後なつめと栗を投げられた。それをてぬぐい?のような布でわたしとプーが受け取るのだ。なつめは男の子、栗は女の子が生まれるというらしい。ちなみに最初に入ったのは栗だった。
ブモニムの次はハルモニム(おばあさん)。係のおばさんがクンジョルは一回だけだと言った。クンジョルをして、同じようにお酒を注いで、ハルモニムが一言おっしゃったあとなつめと栗投げ。そのあとハルモニムは封筒に入ったお金をテーブルの上に置かれた。こうやって親戚の人から集めたお金で新婚旅行に行くもんらしい。
本当は親戚の人たち一組ずつにそれぞれクンジョルをしなくてはならないらしいのだけど、省略してみなさん一まとめに集まっていただいて一回お辞儀をする、という風にした。アボニムの兄弟、プーの兄弟、それからなんだかよくわからない親戚の方にジョルをしたあと、特別にうちの親にもクンジョル受けてもらうことになった。伝統的には新婦側の両親にはしないものなのだけど、特別に・・・と言っていた(が、後日知り合いの結婚式に行ったら、そこでもご両親もクンジョルを受けてらした。最近の傾向なのか?)。
すべての人に挨拶しおわったあとで、プーとわたしが席につき杯を交わしてなつめの実を半分ずつかじりあった。後でアルバム見て「なんでペべクのときキスなんてしてるんだろう?」と思ったら、それはなつめの実をかじってるときの写真だった。なんだかなかなかえっちである。
締めくくりにプーがわたしをおんぶしてペべク室を一周した。そのあとオモニムをおぶってわたしも後ろについて一周。これはこれからわたしたちがお世話しますよ、ということらしい。
そして、そして、ようやくすべてが終わった。ペべクが終わったのでやっと興奮が冷めてきた。ふと気がつくとわたしの友達や妹たちがみんなペべク室に入ってきていた。みんな写真撮ったりしながら見ていたらしい。そのときまでちっとも気づかなかった。
こうして無事私達の結婚式が終了し、晴れて私達は夫婦となったのである。 |
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