韓国情報サイト/K-PLAZA.com
マイページ おしゃべり掲示板
エリア グルメ 韓国ホテル予約 お買い物 スポット 韓国旅行の知識 韓国の生活・文化 韓国芸能情報 オンライン販売
韓国と私の初めての出会い

「あれっ、日本の人じゃない・・?」私の高校時代からの友人の、だんなさんとなるであろう人に初めて合わせてもらった時、最初に思ったことだ。そして、今思えば、この時が私を韓国へと向かわせた直接のきっかけとなった。

その日は、大学卒業後ある韓国企業に就職した友人が結婚するということで、久々に会うことになっていた。 相手のことについては、詳しいことは聞いていなかったので、どんな人なんだろうとは思っていたが、まさか韓国の人だなんて、予想もしていなかった。レストランで3人で食事した後、友人のアパートでそれまでの経緯を聞かせてもらった。その後も、その友人とは連絡を取りあっていたが、ある日、彼が「自分が韓国人ということで、偏見を持っているんじゃないか」と言っていたと友人から聞いたとき、正直言ってショックだった。自分ではそんなつもりはなかったけど、そう感じさせるなにかが自分の中にあったのか・・と。そんなこともあって、もっと韓国について知っていかなきゃという気持ちが、私の中で急速に大きくなっていった。そして、ついに99年の春、大学院の卒業式を待たずして、韓国に向かうことになったのである。
韓国での10ヶ月の生活は、韓国語はもちろん、本当に多くのことを学ぶことができた。韓国に長い間住んでいる後輩や先輩達は、韓国や韓国人の嫌なところが見えてきたと言っていたけど、私はその段階に行かず、むしろすごいなー、うらやましいなーと思うことの方が多かった。その中でも、私の一番の関心事であった、韓国人とはどんな人々なのか、またどんな人間関係を築いているのかについて、滞在中に私が感じたことを書いてみたいと思う。
私は韓国の大学付属の語学学校で韓国語の勉強をしたが、その学校には勉強や生活の手助けのために学生を紹介してくれるという制度があった。おかげで、その学生を通して大学のサークル活動や、先輩・後輩の上下関係、恋人同士の付き合い方とか、親子関係・親族付き合いについて、実際に見たり、教えてもらうことができた。韓国人の知り合いもいないのに、いきなり韓国に飛び込んだ私にとっては、すごく恵まれていた状況だった。ここでは、私をいろいろな面で助けてくれた2人の学生、テーソクとハンジュンについて書こうと思う。

テーソクは政経学部で、私と同じ年の男の子。放送部に所属していて、将来は俳優を目指していた。ちょっとサッカー選手のアンジョンファン似で、かっこ良かった。ただ、残念なことに?彼女がいたのだが・・。放送部の部室兼放送室で勉強を見てもらったり、大学行事のための部の練習を見に行かせてもらったりしたが、その時、彼の後輩の彼や私に対する態度から、日本以上に上下関係が厳しいんだなと感じた。でも、その分先輩の面倒見はすごく良くて、兄弟・妹みたいだった。そして、好奇心から彼女のことも、出会いなどいろいろ聞き出してしまった。彼女の誕生日には100本の薔薇を作ってプレゼントしたそうだ。韓国で知り合った男の子に彼女との付き合いを聞いていると、情熱的で、尽くす人が多いなと思った。日本人の女の子が韓国の男性に惹かれるのもよくわかる気がした。ただし、結局私には縁がなかったが・・・。

もう一人のハンジュンは、経済通商学部で年下の男の子。すごく真面目で誠実な、私にとっては弟のような存在となった。彼の友人も、個性的だけどいい人ばかりだった。私の友人達とハンジュンの友人達とで、よく食事をしたり、飲んだり、スポーツをしたりしたが、彼らの友情にはうらやましいとさえ思えた。悪口や、「えっ」と思うような冗談を言い合ったりもするけど、それは互いを信頼しあってるからこそ、という感じなのだ。大学主催の演劇を、彼と彼のお母さん、妹さんと私の友達とで鑑賞したこともあった。お母さんはきれいな方で、聞いたところによると、父親(ハンジュンのおじいさん)が北朝鮮にいるとのこと。南北分断という政治的な理由のために、父親でさえ会う事ができないなんて、どんな気持ちなんだろうと考えさせられた。
語学学校で一緒だった、高齢だけど素敵な日本の女性、手塚さんのヘルパー、サングンとハンジュンが友達で、一緒に勉強を見てもらうこともあった。その時のハンジュンやサングンの、手塚さんに対する態度は、感動ものだった。お年寄りに対する尊敬の念、いたわりの気持ちがひしひしと伝わってきたからだ。ハンジュンのお母さんに対する態度などからも感じたが、儒教精神が生きていて、昔の日本もこんな感じだったんだろうなーと思った。                       
今回の留学では、立場上、学生との付き合いが多かったが、下宿先のおじさん、おばさんや、語学学校の先生達からもたくさんの思い出をいただいた。私の場合たぶん韓国の実社会のなかでも、大学という限られた世界を中心とした留学生活だったので、あまり嫌な思いをせずに済んだのかもしれない。

今度、韓国で再び生活する機会があれば、もっといろんな立場の人と接してみたいと思う。その時、私は改めて韓国をどう認識するのか、楽しみでもある。
Kライター:幸子




copyright (c) 1999-2003 K-PLAZA.com ALL rights reserved
当サイトについてへ 会社概要へ プレスリリースへ マスコミ掲載履歴へ 広告クライアント様ログインへ アフィリエイトパートナーログインへ お問い合わせへ 韓国コーディネイト、韓国ガイド相談へ