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りょうこのサイパンお気楽生活記
Vol.7 クモンカゲ(穴ぐらのような店)

ひょんな事から知り合いの「焼きたてパンのお店」をお手伝いすることになった。長年付き合いのある、韓国人の店だ。私がする仕事は焼き立てのパンを島中に散らばる−主に韓国人が経営する−小さなマーケットに配達するというもの。子供たちが学校に行ってる3時間ほどの間のちょっとしたアルバイトにもなるし、韓国人が経営する、言葉は悪いが本当に穴ぐらのようなグロサリーに出入りする事にもちょっと興味があった。
サイパンお気軽生活記のイメージ写真仕事自体は慣れれば楽な仕事だ。配達用の車は去年パン屋さんが買い替えたばかりの新車、TOYOTAのRAV4というバンだ。お気に入りのCDも一緒に積んで、一日に回るマーケットは20軒。サイパンに住んで9年になる私でも「こんなところに道があったのか」とびっくりするような裏道に小さなグロサリーが存在する。店によって、明らかに客層が違い、その客層によって売れるパンも違う。ホテルが密集する繁華街にあるギフトショップでは朝食用に日本人観光客が買っていくクロワッサンが売れ筋。パン屋さんが言うには「日本人はクロワッサンが大好き。」そうかな〜・・・。サイパンのローカル、チャモロの人たちにはあんぱんやクリームパンがよく売れる。

ちなみにチャモロの人たちはあんぱんの事を「マンジュウ」と呼ぶ。この店はローカル相手の店だからあんぱんを多めに、韓国人がよく利用する店には「そぼろパン」と呼ばれるメロンパンのようなのを多めに、というように売れ筋を予想し、パンを卸す。そして次の日の朝、その店のカウンターに置かれたパンのかごが予想通り完売で空になっていると一人にんまりする。
そしてもう一つ驚きなのは、そういう「クモンカゲ」(日本語で「穴ぐらのような小さな店」という意味)を経営する人は年配のアジョシ、アジュンマなのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、実際行ってみると、案外若い夫婦が経営していたりする。私と同年代か、もっと若い夫婦もいる。うちの子よりもっと小さな子供たちがカウンターに座っているオンマ(母親)にまとわりついていたりする。きれいにお化粧をしてハツラツと動き回るアジュンマがいるかと思えば、私と同じぐらいの年の奥さんが疲れきった顔でレジスターの前に座り、子どもの相手をしている店もある。

30軒を超すマーケットのうち、なんとなく心にひっかかるというか、店のドアを開けて入る瞬間になんとも言えない気分にさせられる店がある。そこの「奥さん」は私と同年代か、私より若いだろうか。髪を一つに束ね、化粧気もないが、目のくりくりした小柄な可愛らしい奥さんだ。けれど、化粧気のない顔で壁にもたれて座る彼女の顔からは希望とか、生きる喜びとか、そういう感情はかけらも見て取れない。代わりにその顔からは絶望、憂うつ、失望、そういう言葉が浮かび上がってくる。私が挨拶してもまるで感情のない表情で一瞥するだけである。まるで彼女の回りだけが色を失った世界のようだ。

それでも彼女はいつもカウンターに座っている。色褪せたワンピースを着て、髪はいつも一つに束ね、相変わらず化粧気もなく、「絶望」を体で表現するような彼女、今にも何かが「絶えてしまいそうな」彼女だが、それでも彼女は来る日も来る日もそこにいる。一日、カウンターに座りながらたばこやコーラを買いに来るお客をこなし、合間に子供たちやだんな様の食事の用意もし、そうやって一日一日を過ごしているのだろう。非難されるのを承知で告白してしまうが、最初の何日か、彼女を見るのがいやでたまらなかった。何となく、こういうふうには生きたくない、と頭の中でイメージしていたものがそのまま目の前に現れたような、そんな気がして彼女の店が近づいてくると憂うつな気分になった。
そんなある日、いつもの様に自分で自分の背中を押すような気持ちで彼女の店のドアを勢い良く開けると、そこにいつもの彼女がいた。手際良くパンを交換して、お金を受け取ろうとカウンター越しに手を伸ばしかけてぎょっとした。カウンターの向こう側の床にマットレスを敷いて、彼女のだんな様がねっ転がってた。いつものように座っている彼女のひざに足を乗っけて。その横には3歳ぐらいだろうか、愛らしい女の子がじゃれている。私はこの日、初めて彼女の微笑む顔を見た。彼女はねっ転がった父親にじゃれている娘を見て、微笑みながらこういった。アッパは疲れてるんだから、邪魔しちゃだめよ。昨日までは心のどこかで「彼女のようには生きたくない」と思ってた私は、ささやくように、歌うようにそう言って微笑む彼女を見た途端、昨日までの想いは吹っ飛んで彼女が羨ましくさえあった。

私は混乱した。これが「こんなふうには生きたくない」と思うような生き方だろうか。私は何を基準にそんなふうに思ったのだろう。彼女が生活に疲れているように見えたから?趣味を楽しむ時間もなく、日がな一日、その小さなカウンターに座っているから?それにしても彼女の何が私をこんな思いに至らせたのか、私にもわからないのだが、

今の私はこう思ってる。「生きるっていうのはこういう事なのかなぁ」と・・・。
2週間前、私は彼女を見るたびに思った。彼女の回りには「色」というものがなく、何だか味気ない白黒の世界に生きてるみたいだなぁと。でもカウンターでだんなさんの足をひざに乗っけて微笑みながら子供をたしなめる彼女の顔は確かに幸せそのものだった。バラ色ではないにしても、ほんわりと包み込むようなオレンジ色の光を見たような、 そんな気がした。彼女の回りが白黒に見えたのは、そこに色がなかったのではなく、色を見極める「目」を私が持ち合わせていなかったのだと気づいた。「色」は確かに初めからそこにあったのだ。

さっきも言ったが、地域に密着した、小さなマーケットを営みながら移民生活を送る韓国人を毎日見ていると、心の中で一日に何度も同じ言葉をつぶやいている自分がいる。「生きるっていうのはこういう事なのかなぁ」と。

サイパンという小さな島で、家族の生活のために、子供の教育のために地にしっかり足をつけて生きていく人々を見ながら、私も彼らの元気を分けてもらってる気がする。

Kライター:りょう子

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 Vol.1 はじめに  Vol.2 日本人みたいな韓国人
 Vol.3 凧  Vol.4 美容院のアジュンマ
 Vol.5 サイパンで息づく韓国の食文化  Vol.6-1 交通違反-前編
 Vol.6-2 交通違反-後編  Vol.7 クモンカゲ(穴ぐらのような店)
 Vol.8 サイパンのランドリー事情  Vol.9 サイパンの韓国人社会でブームの「ノニ」





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