| コロンブス・デイ(コロンブスがアメリカ大陸を発見した事にちなんだ祭日)に、久しぶりにマニャガハ島に行ってきた。8月の台風の影響で、島自体が削れて小さくなっていた。バナナボートを引っ張るボートが発着していた砂浜が風と波によって削れてしまって、砂浜があったはずのそこは「海」になっていた。ココナッツの木の向こうに砂浜、そしてそこから海が続いてたのに、ビーチがなくなって、ココナッツの木のすぐ向こうが海だ。最近、景気の停滞を後押しするようにテロ事件が起こり、進むべき道をみつけられずに行き詰まっているようなサイパン・・・たかが地形の変化といえばそれまでだが、私の中で色んな事と重なり合って、あったはずのビーチがなくなってるという事がとてつもなく悲しかった。
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暑すぎず、風も強くなく、穏やかな日だった。早速、島のスタッフとあいさつを交わす。私はよくキムパプ(韓国式のり巻き)を山ほど作っていって、彼らの釣った魚と一緒にみんなでランチにするのだが、この日はそれを持っていかなかった。朝、起きられなかっただけ・・・。
私の顔を見るなり、満面の笑みでスシ持ってきた〜?と来る。皆、それがあいさつ代わり。あっさりと「今日はない。」と返すとあからさまにがっかりする。「アンタ達ね〜、私の事、スシ・メーカーだと思ってんの〜?アンタたちにスシあげるためにここに来てるとでも・・・?」とにらむと「ガハハ〜、僕たちのランチあげるから怒るなよ〜。」そしてホントに彼らのランチ(会社から提供されるスタッフ用日替わりランチ)をためらいもなく私たちにくれる。彼らは食べずにその時間を昼寝タイムにするのだ。
私はもちろん遠慮なくかれらからぶんどった・・いや頂いたランチでお腹を満たす。彼らが1時間後には自分たちで釣った魚と山盛りのご飯で、もっとおいしいランチにありつくのを私は知ってる・・・。
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お昼ご飯を食べた後、ビーチに戻ると、午前中には吹いていなかった風がかなり強く吹いている。うちの子供たちは大喜び。今日の島での目的は「凧揚げ」だったのだ。5才の誕生日のプレゼントに、クラスメイトからもらったものの、何となくおもちゃ箱に入ったままになっていたもの。
早速袋から取り出し、真新しいそのカイトを揚げる。緑と青、黄色という原色で彩られたそれは、空の色と合わさってなかなかシブくてかっこいい。強い風に乗って、青い空にどんどん上がっていく凧は、見ている私たちの気分も爽快にしてくれた。1時間ぐらい、経っただろうか。日本から一人で遊びに来ていた高校時代からの友人と一緒だった私は、話に夢中になり、凧の事は忘れていた。ふと見ると、子供たちは水際で楽しそうに遊んでいる。・・・うん??凧は??・・・と見ると手放された凧は海と平行にどんどん遠くなっていくではないか。あ〜〜、凧〜〜。
3才の次男がうっかり手放してしまったのだが、5才の長男は弟をなじりながら、まるで雄たけびのように泣き叫んでる。はぁぁ、何だかね、いつもならなだめて終わっちゃうんだけど、凧がどんどん遠くなるのを見た私もちょっと悲しく切なくなってしまった。凧がどんどん高く上がるのではなく、水面を飛んでいったから、ちょっといけば、海に浮かんでる、気がした。何とかして凧を取り戻せないものかと、島のマネージャー(日本人)に頼んでみた。ボートを出して、凧をさがしてみてくれないかと。そしたら、知り合いのボートキャプテンがボートを出して探してみると言ってくれた。「ありがとね〜。」って私はいったん子供たちの待つビーチへと戻った。デリーナ(パラオ人の女性、私の長年の友人)は私たちのパラソルまで歩いてきて、子供たちをなだめる。
バナナボートの予約が入ったのか、キャプテンが何人かボートに乗り込んでるのが見えた。携帯ラジオを片手に、何やら連絡を取り合ってる。ライフガードタワー(救助員が海を見張るために浜辺に立てられたタワー)からはライフガードが立ち上がって海の方をじーっと見つめてる。バナナボートじゃなくて、パラセイリングのお客さんが入ったのかなぁ。それにしちゃ、お客がまだ集まってない。何となくぼやく。「みんな忙しそうだね。どうせボート出すなら凧さがしてくれないかなぁ。」するとデリーナが馬鹿にしたような顔で言う。「あんた、何言ってんの?みんな凧探しにボート出してるんじゃない。」
そう、島中のスタッフが「凧捜索」に乗り出していたのだ。捜索用のボートは2艇、そして別のスタッフはいつの間に海に入ったのか、海から上がってきたかと思うとびしょ濡れの体で私たちの横に腰掛け、「りょう子〜、なかったよ〜、新しいの買うしかないな〜。」と心底残念そうな顔で言う。見慣れたスタッフたちが次々と寄ってきて、「凧はみつかったか?」「どっちの方角に飛んで行ったんだ?」「新しいのを買うなら○●で安いの売ってたぞ」と声をかけていく。そして挙げ句の果てに泣きすぎてちょっと疲れぎみの息子たちを少しでも慰めようとにココナッツの葉で編んだちっちゃな「鳥」を二つ、子供たちに手渡す。
凧は案の定、結局見つからなかった。それにしても、彼らの優しさに触れたのは、これが初めてじゃない。9年間ここに暮らして彼らと接してきた私は、彼らのこういう類いの優しさに充分慣れているはずだった。でも今回に限って、なんでこんなにも切なくなってしまうんだろう。削れてしまったビーチにショックを受けた後だからかも知れないし、子供の小さな手にしっかり支えられ、青空に向ってグングン舞い上がった凧が、いきなり手放されて海の彼方に向って心もとなくフワフワ飛んでいってしまったのが何となく悲しかったせいかも知れない。 |
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凧は案の定、結局見つからなかった。それにしても、彼らの優しさに触れたのは、これが初めてじゃない。9年間ここに暮らして彼らと接してきた私は、彼らのこういう類いの優しさに充分慣れているはずだった。でも今回に限って、なんでこんなにも切なくなってしまうんだろう。削れてしまったビーチにショックを受けた後だからかも知れないし、子供の小さな手にしっかり支えられ、青空に向ってグングン舞い上がった凧が、いきなり手放されて海の彼方に向って心もとなくフワフワ飛んでいってしまったのが何となく悲しかったせいかも知れない。
いや、それよりも何だかジーンと心の中に染み渡るこの感じ・・・。ただ単に私は「人に優しくなる事」を忘れていたのだろうと思う。それを彼らが思い出させてくれた。そしてそれが水を吸うスポンジのように私の心の乾いた部分に染み渡ったのかもしれない。凧は海の彼方へ飛んでいってしまったが、私は一度飛んでいったもう一つの大事な凧を取り戻したような、そんな気分だった。
私は息子の凧を探すために骨を折ってくれた彼らへの感謝の言葉を忘れなかった。「あんたたち、今日はいい口実が出来て仕事サボれてラッキーだったわね〜。私に感謝しなさいよ。」彼ら曰く、「グハハ〜、今度は凧、3つぐらい飛ばしてくれよ〜。」帰りのボートに揺られながら、すでに茶色く枯れかかってる「二羽の鳥」に目が行く。今度来る時はあいつらのために必ずスシを作ってこようと思った。
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